hitonaka story Prologue『商店街の営みに泊まる』

商店街の中心でひとの賑わいを取り戻す

西町商店街にある老舗和菓子店『秀月堂』で企画や販売に携わりながら、
『コミュニティカフェ&スペース 月あかりカフェ』を営んでいる黒川由希恵さん。
地域とともに歩み。町の人、島の人、そして外から島に訪れる人が集う場所を育てている。

Keyword 1ふるさとに人のにぎわいを取り戻す

 由希恵さんをカフェの開業へ突き動かしたのは〝もどかしさ〟だった。かつては食料品や日用品などの商店が軒を連ね、たくさんの島民が行き交い、子どもたちの元気な声が響いていた西町商店街。時代の流れとともににぎわいが失われていった。町の人から「このあたりは本当に寂しくなった」、そして島外からの観光客からは「フェリーの待ち時間を潰す場所がない」と言われる日々。黒川さんの胸には言いようのないもどかしい思いがわきあがっていたそうだ。それはやがて「誰かの目的地になる場所を作る」「西町商店街に人の流れを生み出す」という目標へと変わっていった。

 『秀月堂』から徒歩1~2分の場所にあった空き家を譲り受け、カフェをオープンしたのは2015年のこと。週末限定の営業で、『秀月堂』の和菓子を使ったスイーツや抹茶などを提供している。コロナ禍で始めたテイクアウトカウンターでは、地元で穫れた魚を使ったフライやバーガーも販売。畳敷きの店内はあたたかい雰囲気で、親戚の家に遊びに来たような感覚でつい長居してしまいそうだ。
 営業は週末のみだが、SNSで情報を知った20〜30代の観光客、のんびりお茶を飲んでおしゃべりする地元のシニア女性グループ、幼い子どもを連れたファミリー、スイーツ好きの中高年男性など、さまざまな年齢・属性の人が同じ空間を共有するちょっと不思議な場所だ。〝映える〟和菓子パフェを撮影する中高生もやってくるようになり、西町商店街に若者の姿が見られるようになった。有名な観光地のようなにぎわいとまではいかないが、観光客だけでなく地元の人にとっても新しい〝目的地〟になりつつあるのだ。

Keyword 2この町で暮らす人も、誰かの“目的地”に

 地元の人との触れ合いを楽しみにやってくる観光客が徐々に増え、住民も〝目的地〟になっている。特に隣の『毛利酒店』の店主・眞弓さんは人気者。気さくで面倒見が良く、カフェにひょいとやってきては季節の花や手作りの小物を飾り、常連客や観光客に声をかけて語り合う。
 カフェのメニューには毛利酒店にある地酒の利き酒セットがあり、タイミングが合えば眞弓さんが来て解説をしてくれることも。その間、自身の店は「隣におります」と貼り出して閉めてしまい、声がかかれば戻る。通りがかった近所の人たちに店番を頼むこともあり、相手もそれを当たり前のように受け入れ店先でおしゃべりを楽しむ。「顔なじみの人にも、よそからのお客さんにも会える場所ができて楽しいですよ。たまにしゃべりすぎちゃうけどね」と眞弓さんは笑う。おおらかな人柄に魅かれ、わざわざ会いに来るファンもいるそうだ。
 由希恵さんは一人でカフェを経営している感覚はないという。「私はこの町の人に見守られて育って、私の子どもたちも面倒をみてもらいました。忙しくて構ってやれない時に相手をしてくださったり…。同じように、この店も地域の人に育ててもらっています。ここに来て楽しんでもらえたり、関わることで喜んでもらえれば、恩返しになるかなと思います」

Keyword 3時間や距離に比例しない、ここだけの幸せの価値

 由希恵さんは「私は商売人としては半人前。良い店を作ろうという感覚はなくて、とにかく目の前の人を幸せにしたい」と話す。オープンしたばかりの頃やってきたあるお客さんの言葉を強く覚えているそうだ。「布施の方から遊びにきてくれたおばあちゃんが、嬉しそうに『今日は観光に来たんだよ』と言ったんです。〝観光〟ってそれだ!とハッとさせられました」。布施は島後の東側にある地域で、西町商店街までは車で30〜40分程度。その距離をどう捉えるかは人によって異なるだろう。しかしそのお客さんにとって、生活の拠点から少しだけ離れた場所へ足を運び、カフェでスイーツを食べ、由希恵さんの顔を見て話す時間は、確かに〝観光〟だったのだ。

 〝観光〟というと、飛行機や電車などを利用して遠くへ出かけ新しいものに触れることをイメージしがちだ。だがその本質は、心からのもてなしや、人の温もりに触れる〝幸せ〟にあるのかもしれない。価値の重さは、かけた時間や移動した距離に比例しない。集い、出会い、共に食べ、語らい、つながり、「また会おうね」と言って別れ、「また会いたい」と思って足を運ぶ。その循環に感じる幸せは、布施のおばあちゃんも、隣の店の眞弓さんも、カラフルなスイーツの写真を撮る女子高生も、島外からやってくる観光客も変わらないはずだ。年齢や属性に関係なく様々な人が訪れる理由は、そこにあるのだろう。

Keyword 4ここから始まる、新しい波

 西町商店街の対岸に2021年にHito_Naka港町が、2022年にはHito_Naka西町がオープン。由希恵さんは人の流れの変化を期待している。「Hito_Nakaの運営スタッフには一緒に町づくりに取り組んできた友人がいることもあり戦友のような感覚。同時に切磋琢磨する関係でもあるんです。商店街で頑張っている他の仲間もそう」と由希恵さんは言う。商店街では老舗のお茶屋から発展した『京見屋分店』、パン工場『木村屋パン』、地域のスーパー『石谷商店』、洋服や小物を扱う『galore』など、由希恵さんと近い年代の仲間が挑戦を続けている。それぞれができることを模索し発信することで、島の内外から人を惹きつけ、新しい波を生み出そうとしている。由希恵さんは、カフェや秀月堂を訪れた人が商店街を回遊し、さまざまな楽しみを見つけられるようにしたいと考えている。風景、食やモノ、人の温もり、新しい出会い、ここにしかないもの全てが〝観光〟だ。そこで得た思い出と人とのつながりは特別な〝おみやげ〟になるだろう。

秀月堂
生菓子から土産菓子まで取り扱う島の和菓子屋さん。島娘 shima.coでパッケージデザインを手掛けた「さざえ最中」は島民からも愛される人気商品です。他にも「四季の実」やこだわりの御菓子をお買い求めいただけます。
住所 島根県隠岐郡隠岐の島町西町八尾の三65-4 pin
営業時間 8:30~19:00
定休日 不定休
TEL 08512-2-0433
FAX 08512-2-0433
月あかりカフェ
川沿いの古民家を改装したコミュニティカフェ&スペースです。地元の人も観光客も一緒になごめる場所。おいしい和菓子で一服しながら、まったり島暮らしの雰囲気が楽しめます。営業日以外の「お部屋貸し」も大歓迎です。
住所 島根県隠岐郡隠岐の島町西町八尾の三45 pin
定休日 毎週金曜日・土曜日・第1第3週日曜日のみ営業
TEL 090-3880-6877(専用携帯) 
FAX 全席座敷 全席禁煙