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匠の声

八尾川沿いにたたずむゲストハウス『Hito_Naka港町』。
名前の通り港町にあり、町の人の暮らしの中に静かに溶け込んでいる。
デザインを手掛けたのは、『ANALOG』の代表取締役で一級建築士の池田暢一郎さん。
『Hito_Naka港町』に込めた思いを聞いた。

Architect Designer

Prolog

 隠岐の島後で生まれ育った池田さん。『Hito_Naka港町』には、故郷の島の自然が映し出されているそうだ。池田さんは「隠岐は断崖絶壁が多く見られ、洞窟もたくさんある。そこにかけられた海鳥の巣をイメージしました」と語る。漁師町の古い建物をリノベーションした「Hito_Naka港町」。間口が狭く奥行きが長い、この地域独特の間取りをベースにデザインができ上がっていった。

01隠岐の自然を凝縮させた、断崖の海鳥の巣穴
 大型商業施設や空港、住宅など多彩な分野で活躍している池田さん。かつて大型テーマパークのホテルをデザインした際、クライアントに言われたことを強く覚えているそうだ。「1日おとぎの国にどっぷり浸かって遊んだお客さんが、ホテルに帰ってきたとたんに現実に引き戻されてはいけない、ということ。ここに来てよかった、ずっとここに泊まっていたいねと思ってもらえる宿を追求しました」。その考えは今回のデザインにも一貫している。「隠岐は、島根の中でも出雲などと比べて、荒々しく勇壮な島。飛行機やフェリーを降りた人は隠岐独特の風情にワクワクして宿に向かうはず。来訪者のそんな高揚感を持続させ、さらに高める宿にしたい」。そんな思いを込め、池田さんは〝隠岐らしさ〟を反映させていった。

 エントランスを入り靴を脱いで客室のフロアに入ると、細長い廊下が奥へ奥へと続く。まるで深い洞窟を抜けて潜っていくような気分だ。2階の床材は隠岐の黒松。「黒松は隠岐で豊かに取れる木材。素材から間接的に島の雰囲気を味わってもらうことがねらいです。探せば島外から安い建材を仕入れられますが、そこは地産地消にこだわろうと、私の実家の材木屋で作ったものを使いました」
 客室は、ドアを開けるだけでは全体を見渡せない。部屋の奥へと歩みを進めてやっと、小上がりのスペースに休む場所があるのだとわかる。小さなテーブルセットと洗面台の前の壁には、豊かに茂る木の葉柄のアクセントクロス。「隠岐は海のイメージが強いのですが、実は面積の8割以上が山。たどり着いた断崖から森に分け入っていくようなイメージも取り入れています」。畳敷きの小上がりにに置かれているのは、ボリュームのある柔らかなマットレス。畳の上に布団を敷くだけでは一般的な旅館や民宿のようになってしまうが、体を優しく包み込む寝床の存在によって小さな空間に特別感が漂う。靴を脱ぎ足を伸ばすと、不思議な安らぎで胸が満たされるだろう。「ここが自分のすみかだ」と。

  • Hito_Naka港町
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02漁師町の風景と連続した非日常空間
 池田さんは「巣穴とともに、羽を伸ばし休める場所も必要」と考え、共用部分の空間としての居心地良さも追求した。1階のリビングはふんだんに木が使われ、温もりがあふれる。ダイニングとリビングを繋ぐ出入り口は、斜めに切り取られたような台形で、木目の壁面にも規則性のない斜めの線がいくつも走る。連続する不整形なイメージは、隠岐の断崖の荒々しさ、生き物たちのすみかとなる懐の深さを宿泊者の心に刻むだろう。

 オレンジ色の光を放つマリンランプは、イカ釣り漁船の灯りを想起させるフォルム。窓からは漁船が行き交う様子が見える。「Hito_Naka港町の前には八尾川があます。隠岐の人にとっては日常の風景ですが、島外の人には非日常的。ベネチアのように海につながっている運河のような川にたくさんの船が停泊し、家々が川辺に立ち並び、漁師さんは船から直接家に入っていく。あんな場所、東京にはありません。宿泊者はそれを見ながら歩いてここへたどり着き、宿に入ると外の風景との連続性を感じるでしょう」。島後で育ち、暮らしと風景を深く理解している池田さんならではの、宿泊者に贈る〝非日常〟がここにある。

マリンランプ 漁船

 椅子やテーブルなども全て池田さんがセレクト。「古い建物をリノベーションしているので、手の跡が残っているような、使用感のあるものを選びました。デザインも、新しすぎない、昔からあるような、心があったまるようなものを意識しています」。例えばダイニングセットは、木のテーブルの色調をあえて統一せず、ナチュラルな明るい色とローズウッドのようなこげ茶系の色を合わせている。床はモルタルの洗い出し。ランプやスツールなどにアイアン調の素材をプラスするなど、自然のイメージや温もりに適度なモダンさを入れるなど、素材の質感を大事にしている。
『Hito_Naka港町』に島内の観光関係者が見学に訪れた際、特に「かわいい」「人を連れてきたい」と鮮やかな反応を見せるのは20〜30代の若い層だ。池田さんは「デザインは、ただ美しいものを作るだけではない」と言う。「若い利用者はネットで情報に触れ、目が肥えている。無造作にいい加減なものありきたりのものを置いていると見抜かれてしまいます。選んだアイテムはそんなに高価なものではありませんが、空間の価値を上げるセレクトになっていると思います」

Hito_Naka港町
03“場”の魅力を放つ町の、ピースの一つに
 『Hito_Naka港町』によって西郷の町はどのように変わっていくと思うか尋ねると、「まず、やっぱり人の流れが変わるんじゃないかなと思う。島外の人が周辺地域にどんどん入ってくるきっかけになるんじゃないかと」。池田さんは、愛の橋商店街エリアと八尾川の風景は大きな観光資源だと考える。「隠岐は海のイメージが強過ぎる。マリンアクティビティが持ち上げられますが、年がら年中できるわけじゃない。でも、ここにくれば暮らしがある。港町を中心にした西郷の町の文化、町の歴史を見るのも観光の一つの楽しみになると思います。島の人は、モノやコトだけでなく、〝場〟の持つ魅力を意識してほしいですね」。実際、『京見屋分店』や『月明かりカフェ』などに集まる島外の人たちが求めるのは〝場〟であり、そこでの出会いだ。町が目指すべき新しい在り方のベースはすでに出来上がっていて、池田さんが思いを込めた『Hito_Naka港町』が後押しになっていくのかもしれない。
Hito_Naka港町

 「冬などのオフシーズンに、1階のフロアを開放して島の人たちに来てもらうのいいかもしれない。キッチンがあるので、呑みながら町についてワイワイ語り合ったりしてほしい。隠岐の人、呑むの好きじゃないですか。『京見屋分店』さんでもそういった集いをやっていますよね。点と点が結ばれて、線でつながって面になっていくような、町のネットワークができていくと良いと思います」
 隠岐に訪れる人の目的は多様だ。大自然を求める人、美食を楽しみにしている人、ただ何もせずのんびりしたい人、仕事で訪れる人、会いたい誰かがいる人ー。訪れる人の願いを受け止める懐の深さがあるのが隠岐だ。八尾川沿いの風景、そこにある暮らし、住む人々、『Hito_Naka港町』、そして2022年春オープンの『Hito_Naka西町』。それぞれが影響し合い、つながり、化学反応を重ねていく先には、きっと誰もが居心地の良い時間がある。

ANALOG

住所 横浜市中区本町1-7 東ビル212
TEL 045-228-8964
WEB https://anlg.co.jp/

渡辺工務店

住所 島根県隠岐郡隠岐の島町栄町1188
TEL 08512-2-1251